歴史と本マニアのための部屋

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第3話「謎の男」 大河ドラマのlightな感想 光る君へ

 

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紫式部が主人公の大河ドラマ、題名が「光る君へ」ということで、なんとなく時代は平安時代だろうとは予想していたものの、筋書きは源氏物語を追うのかな?と思っていたがそんなわけはなく、紫式部自身の生涯を描いたドラマになるようだ。

しかし代表的作品が源氏物語ということで、ドラマの設定の中に源氏物語にお題を取ったものが散見される気がするので、このへんで一度整理しておく。

※あくまで自分用の覚書きです。

 

大河ドラマに見える源氏物語の要素》

・貧乏な紫式部の生家ーー末摘花すえつむはなの窮乏
(貧乏の原因が違うけど。紫式部の生家は父為時が高い官位を得られないことによる経済的貧困。末摘花は通ってくる男性貴族もいないことからの収入の欠乏)

 

・まひろが飼ってる小鳥が籠から逃げてしまい泣いている場面

ーーー若紫の帖で、紫の上のせりふから
「雀の子を犬君いぬきが逃がしつる。伏籠ふせごのうちに籠めたりつるものを。」

 

・まひろの(自称)設定【私は帝の血を引く姫なのよ。母上は宮中に出仕していた女房だったけど帝のお手つきとなり私を産んだの。でも身分が低いため宮中を追われて…】

ーーー桐壺帝と桐壺更衣きりつぼのこういの間に生まれた皇子、光源氏の生い立ちそのまま。(ここではまひろの作り話にすぎなかったが。)帝の皇子、内親王であっても後ろ盾となる外戚がいせきがいないとその生涯は陽の目を見ないものとなり悲惨な末路をたどる。それを案じて桐壺帝は光源氏に姓を下賜し、臣籍に降下させたのであった。

 

・町の小路の身分の低い者の家にお忍びで現れるーー
まひろは絵師のところに庶民に扮して潜りこみ代筆仕事。つまりこの絵師の家は、夕顔の家がモデル。ここの代筆でまひろが詠む歌が、夕顔から源氏に贈られた歌への返歌そのまま。(「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」に対して)

寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる花の夕顔

 

 

・第3話の宿直とのいしている公達きんだちらによる、恋話の場面
ーーそのまま帚木ははきぎの帖の「雨夜の品定め」

 

 

・正妻が左大臣の姫

藤原道長の正妻は左大臣雅信まさざね>の娘、源倫子ともこ

ーーー光源氏の正妻は左大臣の娘、葵上。

 

 

確執への訣別

第二話の冒頭、裳着の式の夜のこと。

まひろは月の光が差す中ひとり文机ふづくえに向き合い、無心になって和歌をしたためていた。

ものものしい正装の十二単は片隅に打ち捨てられ忘れ去られているかのようだ。

人の親の 心は闇に あらねども
   子を思ふ道に まどひぬるかな

これは父為時の家系の曾祖父、藤原兼輔が詠んだ歌である。 

(現代語訳)子を持つ親の心は闇というわけではないが、子どものことになると道に迷ったようにうろたえるものです

為時の家系は藤原兼輔藤原定方など詩歌に秀で、文辞の才を以て聞こえた人が多い。

 

まひろはこの歌に格別の思い入れがあるようで、のちに源氏物語にもたびたび引用されることになる。このことからもわかるように、血筋の家系に伝わる和歌を、その意匠まで深く理解し使いこなしていくまひろ。第二回ではこの場面のあと、中盤で、庶民の姿に身をやつし町の小路で代筆するまひろに為時が雷のような叱責の一撃を下す。

その一方で、親子仲睦まじく暮らすとはいかずとも、まひろは父為時を(ひそかに)師と仰ぎ崇敬してやまない存在としているはず。

誰に言わずとも心の底では。

この二人の、お互い譲るわけにはいかないだけにすれ違う気持ちがなんとももどかしい。

魂で分かり合える属性のはずなのに。

 

第三話で左大臣の御殿、土御門殿での姫君の集いに上がったまひろは、そのあと為時からの会話で自分は兼家から間者として差しむけられたことを知る。すなわち兼家の手足となって動いている為時の立場を察して、母の死の真相を会話の間に無言のうちに読み取るのだった。

母ちやはが愛用していた形見の琵琶を前に、まひろはこれまでのわだかまりを涙のうちに流してしまうかのように人目はばからずに嗚咽を漏らす。 

 

この二人の確執はまったくのフィクションであるはずだけど登場人物の心の機微を実に見事に映している。何も語らずとも、彼らの人となりを如実に浮き彫りにして見せる展開、そして目線だけでさっとその場の空気さえ変えて見せるまひろと為時の会話。

脚本も音楽も、そしてなんといっても俳優の方々の演技がやっぱりすばらしい。

映画を観るのは綿密に作りこまれた世界に没入できる体験だが、大河ドラマは同様に精緻に構築された世界観に一年を通して触れられる。なんとも贅沢。

 

 

ケガレと物忌み、怨霊と生霊

まひろと同様、道長が庶民に扮して市場を徘徊していた折に、検非違使庁の下級役人である放免に間違えて捕らえられる。この放免の所業がいやに乱暴であるがそりゃそうである。彼らはもともと罪を犯した囚人が放免された者だからだ。彼らは犯罪人を捕らえるのを生業とし、一般の常民と区別され非人として扱われていた記録がのこる。

いわゆるケガレに関わる者のことだ。当然拷問とか処刑にも関与していたんではないだろうか。道長は従者百舌彦の捜索により無事放免から釈放されたが、その後兼家に「あのままなぶり殺されていたのかもしれないのだぞ!!」と叱られている。いいぞもっと言ってやっておくれ。

華やかなのは都の貴族の邸宅のほんの一部分。当時は法の規則もあいまいで役人へのわいろも横行していたし、何より盗賊などにより治安も悪化の一途をたどっていた。福祉や医療の概念などさらに皆無で、都といえども町の片隅には乞食や病人、行き倒れも多かった。散楽の行われる市に面して、蓆を敷いて座る2人の人物が第一回にいた気がする。彼らも乞食?

そんな物騒な町での捕り物騒ぎ。

道長は所詮首の皮一枚で命をつないだにすぎないのだ。

彼ら放免による罪人の処刑も、公開で市や河原で行われていたはずで、やっぱりそのようなケガレの場である市(の片隅の小路)にまひろが庶民に身をやつして代筆仕事に出入りしていたことは、どう考えてもまずい。スキャンダルである。為時に一方的に叱責されてもそれは仕方のないことなのだよ、まひろ。

 

ケガレというと、家畜の屠殺・解体・皮革製造業も同様に挙げることができる。

この市(で行われる散楽の背景)の場面で牛や鶏が通り過ぎているが、牛や馬は交易運搬に携わる家畜として欠かせないものではあったが食用としては飼われていなかった。つまり彼らは、寿命で死んだ家畜の解体に関わっていたと考える。

要するに血に関わるからケガレ、生き物の生死にかかわるからという意味だ。その意味では、道兼がまひろの母ちやはを刺殺したのはケガレではないのか、そうすると道兼はあのあとケガレつまり人の死に触れたから、物忌みで家に籠らなければいけないのでは……?という疑問が一瞬脳裏をかすめたが、その点は兼家によって否定された。

あの事件に居合わせた道兼の従者は兼家が刺客を放って殺害したという。これで誰も口外するものはいなくなった。だからそのことは解決したとのことだ。

つまりバレなければケガレも無かったことになるらしい。

いいの・・・・・?

バレなければそれでいいの・・・・・?

ほんとにいいの・・・・・・・?

兼家の権勢と財力をもってしてこそ可能な離れ業なのだろうけど。政治の目論見の前にはケガレなど怖くないということか。

 

さてこのケガレに当たった(曝露したといった方が正しい?)ときに、貴族は上記に述べた通り物忌みという対策を講じた。兼家が無視していただけで。

物忌みとは公事、神事などにあたって、一定期間飲食や行動を慎み、不浄を避けることをいう。

(引用:物忌|国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典|ジャパンナレッジ )

引っ越しや結婚などの節目はもちろん、外出や行事への出席などもすべてこれに従った。陰陽道により決められていたのだが、このみそぎ・斎戒の概念は怨霊や悪霊、生霊にも向けられた。

 

まひろと太郎(=惟規)は、放免に捕らわれて後、ようとして行方の知れない三郎(=道長)のことを怨霊とか盗賊?のことかと噂するも、推測の域を出ない……

これはあくまでドラマの中ではまひろの超ヘタな絵が全部悪いことになってる。なんせ太郎が捜索に出て当の本人とその従者の百舌彦にまで掛け合ってるのに本人たちが気づかないのだからもう誰に訊いたって無駄骨である。

そんなベタな展開は置いといて。

このドラマはどうしても道長とまひろが若い頃接点があったことにしたいようだ。今後の展開的にありえなくはない、いや?右大臣の子息と下級とはいえ貴族の藤原氏であるまひろが庶民の出入りする市にたびたび潜伏して散楽を見て笑う………いやいやいや!??ありえなさすぎてこの二人の接点に関しては自分は食指が1mmも動かない。(でも代筆仕事はあったかもな、とうっかり思ってしまったくらい、あれはリアリティがあった)

 

怨霊と生霊も中世までならではの観念である。生霊と言えば源氏物語の中で光源氏が若い頃関係を持っていた六条の御息所が葵上にとり憑いて命を奪う展開が有名だ。

今でいうポルターガイスト、じゃなくて幽体離脱

太郎はまひろに、三郎(=道長)はそういう類のマボロシなのではないかともちかける。

まひろもその点は否定できないというふうに眉をひそめて考え込む。

この辺が平安時代ぽくて、ドラマのセリフが現代的だろうがどうしようが、ああやっぱり古代の世界からこの人たちは抜け切れてないのだなと急に物語に実感がわいてくるのだ。

 

ついでに。

この幻かもしれない三郎(=道長)の身を案じるまひろに、心配ないと夜分遅くにまるで忍びのように忠告しに来る謎の人物、直秀。この男が第三話のお題、謎の男を指すらしい。こういう名もない人物は大河ドラマでは最後まで名もない人物のことが多いので、ここで深く考察するのは避ける。

 

ただ夜空を皓々こうこうと照らす月。

その冷たく青い光を仰ぎ見るまひろの姿は、どこか示唆しさ的だ。

月は和歌にも多く詠まれ、当時の貴族にとって特別な意味をもつ存在だった。

ドラマでも、月はこの後も重要なファクターとして登場することだろう。

 

 

当時の女性

平安時代はまだ武家社会になるまえの古代の雰囲気を色濃く残す。庶民もまだ貫頭衣、竪穴式住居、食器は土器を使っていたくらい。

つまり宗教の縛りもなく、身分の観念もゆるやかで、ただ中国から輸入された儒教は確実に影響をおよぼしていたけど、しかし女性は当時、多分今思われてるよりもずっと自由だった。

 

ここで考えるのはあくまで貴族階級であり、一般庶民は上記に述べた通り医療も福祉の概念もない中、名前もつけられず病気にかかったらそれが寿命といった世界だったが。

まず通い婚といって女性の家に男性が通ってくるのが結婚の形態だった。そのうち正妻は夫の邸宅に(おもに)北の対という住まいをもらう。

しかし貴族と言えども医療の概念もなく寿命には抗えないなか、結構な頻度で配偶者に先立たれることがあり、そのためか妻は再婚する例も多かった。

貞女は二夫にまみえず(史記より)

とかいう観念が江戸時代と違って薄かったともいう。(うーんでも江戸時代でも再婚は多かったという記録も残っていて、一概には言えないが)

 

また、宮中に女官として出仕し、官名ももらっていたところも江戸時代とは大きく違う。

この高位の女官(炊事とかその他下働きの従者は除く)を、女房という。宮中じゃなくても、兼家とか源雅信とかいう大臣の邸そのほか貴族の邸宅に仕える女官のことをも指す。

女房と言っても人の妻のことでは決してない。そこの用語が現代とは違う。

この宮中に出仕していた女房は、典侍ないしのすけを頂点とする帝や春宮に仕える女房のほか、中宮や女御など後宮の妃に仕えるものなどがいた。

この後宮の妃に仕える女房がつまりのちの紫式部清少納言がつとめた管掌である。そういう公式な職業ではないが。

帝の妃となるべき(大納言以上の家の)高貴な姫は教養として、小さい頃からしつけとともに漢詩や和歌、美しい書、筝の琴や笛や琵琶などの演奏などを叩き込まれて育つ。

それらのファクターが美しく聡明な姫としての必須技能であり、入内して帝の寵愛を得るに不可欠であったからだ。

これらの姫君の養育に関わっていたのが貴族の家に仕える女房つまり高位の女官であったし、また宮中での妃のサロンを支える文化的アドバイザーとして女房は重要な役割を果たした。

 

彼ら女房は、主人である姫君が普段は袿に五つ衣、長袴といったくつろいだ姿であったのに対し、

 

宮中に出仕していた女房は(男性貴族の束帯に対する正装のような意味合いで)唐衣裳をつけた。(動画参照)

 

というわけで。

この辺は自分の覚書だが、宮中の後宮で妃たちのサロンに出仕する女房は、のちにドラマに紫式部清少納言が登場する。

(上でツイートを貼ったがもう一度リンクを貼る。ドラマの中ではすでに宮中に出仕する女房達の装束はたびたび登場しているからだ)

をしへて! 佐多芳彦さん ~美しくかさねて! 「女性の衣装」 女房装束 編 - 大河ドラマ「光る君へ」 - NHK

 

また、大臣家の姫君の養育に携わる女房役として、右大臣家の詮子にはお付きの女房は特に登場しなかったし入内後もその存在が確認できない。(画面に登場しないだけで絶対大勢そばに控えてるのだろうけど)

そこで左大臣家の土御門殿をみてみると、第三話に倫子に付く女房の筆頭として赤染衛門が登場する。彼女は倫子、その娘でのちに入内する彰子に仕え紫式部やまた和泉式部伊勢大輔などとも交流があったらしい。

ここで赤染衛門古今和歌集を全部そらんじているという設定はさもありなんである。演じているのは凰稀かなめさんで、そのよく透る声は後に後宮サロンを牽引していくにふさわしい知性を感じさせる。

 

この左大臣家の姫のサロンともいうべきつどいに、まひろが招かれて偏つぎの札あそびを持ち掛けられ、空気を全然読めてないさまは父親譲りの頑固一徹な面というか得意分野を問われて楽しそうというか。

展開がベタなため特にここでは触れない。

登場人物の自己紹介コーナーとでも認識しておいたらいいのでは。

貴族の遊びはそのように優劣や知識を競うのではなく雅びやかな雰囲気を楽しむものに過ぎないのだ。

ということを、倫子の表情が無言のうちに物語る。

 

この左大臣の邸宅である土御門殿は、のちのちドラマの主たる舞台のひとつとなっていくであろう場所のため、季節の草花をあしらった御所車を装飾として配置するなど演出も凝りに凝っていて、今後目が離せない。

第三回は、ドラマの序盤のキーマンである倫子の登場の回と記憶しておけばいいだろう。

 

 

恋愛と当時の若手公達の登場

藤原氏の若い貴族が宿直とのいをしている場面。もうひとりの主人公、道長のセリフが他の登場人物に比べてなぜこんなにも短いのかよくわからないが、周囲の人たちのセリフが含蓄に富んでいるので見ていて飽きない。

この辺のイケメン公達らが光源氏をほうふつとさせる。

宿直といっても宮中の警護であり、物騒な事件が起こっている最中でもない限り当面はすることがないのか?囲碁を打っている。囲碁は、正倉院にも伝世品が遺っており、隋か唐の時代には日本に伝わっていたという古い歴史をもち、枕草子源氏物語にも登場する当時から人気の貴族の遊びであった。

 

藤原公任が出してきた女性からの文が、使われてるご料紙も色とりどりに「いくつ貰ったのやら数えきれない」とのたまうほどで、この辺も光源氏を模しているのかもしれない。

水も滴るような麗しい公達ぶりは、黒の装束でさえもその美しさに磨きをかける演出かと思わせる。

多方、主人公の道長は相変わらずぼんやりとしていて返答も焦点が定まらない。

後のストーリーを思うと、このぼんやりぶりは故意にやってるのかと思うほど、自分の意見が特に聞かれない。公任に言わせれば「そこがこいつの良いところ」だそうで、一応そういう評価にしておこう。

ほかにも藤原行成も登場し、光源氏とその友人やライバルたちに模した登場人物はこれで揃い踏みだろうか。藤原行成といえば小野道風(おののとうふう)、藤原佐理(すけまさ)と共に、三蹟とうたわれた能書家のひとりである。

彼と並んでも特に今の所特筆すべきものが何もない主人公の道長

大丈夫だろうか今後の展開は…?

(行成と比べるのがかわいそうという説もある)

 

家柄が良ければ出世できる典型を地で行っているのかもしれないが、彼の本領はそのうち結婚後に発揮されることになるだろう。